今回も相変わらず、そもそも脈絡無く絵を描いているにすぎない。プランと言ってみても、壮大な構想を現実化させる至急な理由や意味はないし、構想自体が十分に現実的な知覚を促すこともある。描くということは、躊躇わずに動く指先を追う眼差しを、あるいは示すのかも知れないと最近考える。問題は指先が年齢と共に硬直し、意味や疲労や生活や人間関係などで指本来の自在を失って、もはや躊躇わずどころか動かないということだ。ひび割れた指先には眼差しが届かない。 自らが撮影した写真や、落書きのようなアイディアが描きのこされた手帳などを捲ることから、やはりはじめていた。指先だけが勝手に先走った「描き」に現時点での眼差しを与えるのが私の仕事の目的であって、そのそれぞれの眼差しの行方がどのような意味を醸すのかまだわからない。そういう意味でこのようなテーマあるいはタイトルがつけられている。 携帯電話でコミュニケートする子供達をみると、オッカムの剃刀によってローレンツやマックスウエルが排除されアインシュタインが残ったような、単純な明快さを選択してユートピア化する時代が到来しているという見方もある。だが前世紀はそれで、熱狂と戦争と反体制というイデオローグが全体を動かして限りないほどの「輝き」を喪失し、見事に破綻したのだと観るべきだ。そういったひどい時代の中で、固有で孤独な生を営んだ者に、眼差しをむけると多くの示唆がある。決して合理的でなく、普遍性もなく、歪でもあり、しかし辿り着いた答えではあるという一つの結果を、あらゆる拘束を離れて、個人の名の下に生みだすことが、前述した「描く」ということであると思われてならない。 私の仕事が、新しい「表現」を行っていると勘違いされると困る。指先に眼差しを与え続けているにすぎない。この眼差しがいつか、子供達の未来に陽炎のようにでも届けばいい。だが戦略はある。その戦略とは、だからこういう眼差しによって生を営むためのものそれ以外ではない。 個展に関するメモ 2/1 2002年 |